有効成分の単離同定と作用機序の解明
フキノトウのケモタイプ(化学分類)の発見と、機能性成分の単離同定・作用解明
春の風物詩として全国で楽しまれているフキノトウですが、見た目ではわからない様々な化学的組成の違い“ケモタイプ”が多数存在することを見出しました。当研究センターの周りに繁茂するフキノトウについて調査したところ、場所ごとに毎年同じケモタイプを示すフキノトウが出現することが明らかとなり、特徴的な化学物質の産生は遺伝的な系統によって決定されていることが示唆されています。
フキノトウに特有の成分には、多様かつ顕著な機能性が存在することがわかり、私たちはこれまでに、Bakkenolide Bがアトピー性皮膚炎の原因の一つである炎症性サイトカイン interleukin-2の産生を抑制することや、Petasinが肥満に関わる脂肪蓄積を抑制することなどを明らかにしてきました。
北東北で人気の山菜「シドケ・ボウナ」に含まれる機能性成分の同定
フキノトウと同じくキク科に分類される山菜として、コウモリソウ属(Cacalia属)のモミジガサ(シドケ)、ヨブスマソウ(ボウナ)があり、岩手県や秋田県を中心に人気の高い春の山菜として親しまれています。農林水産物抽出物ライブラリーから、スキンケア製品への応用に繋がる美白成分(メラニン産生抑制成分)の探索を行った結果、シドケとボウナの抽出物に強い活性を見出しました。そしてそれらの活性成分を単離・構造解析した結果、コウモリソウ属植物に特有のフラノエレモフィラン型セスキテルペンであることを明らかにしました。
フキノトウ、シドケ、ボウナといったキク科山菜の機能性成分研究に関するこれらの成果は、和文総説として日本農芸化学会の学会誌「化学と生物」で発表し、私たちの記事に掲載したグラフィカルアブストラクトが表紙のデザインに採用されました。
全国屈指の生産量を誇る「雑穀」の機能性研究
岩手県では様々な雑穀が生産されており、品目数は日本で最多、生産量も「アワ・キビ・ヒエ・アマランサス」などは日本一を誇ります。昭和の時代、雑穀は主食を補う穀物として米が作れない地域で栽培され食されていたことから、貧しさの象徴とも言われていました。しかし現在、雑穀は栄養価に優れ気候変動にも対応するスーパーフードとして世界的に認知され、需要が伸びています。実際に飲食店の多くで雑穀ご飯が提供され、多くの消費者が積極的に選んでいます。
岩手県は、独自に雑穀の品種開発に取り組み、鮮やかな黄金色を特徴とする「ゆいこがね(アワ)」「ひめこがね(キビ)」などが登録されています。実は、これら品種が開発されていた当時、黄金色の成分が何か、わかっていませんでした。
我々は、黄色素を単離・精製し、LC-MSによる分析などを実施して、黄色素が「キサントフィル(ルテイン・ゼアキサンチン)」であることを明らかとしました(図)。強い抗酸化活性を有するアンチエイジング成分「ルテイン・ゼアキサンチン」が、体に良い長寿食として知られる雑穀に含有されることは、納得できる発見でした。さらに、雑穀の健康機能の解明を目指し、岩手大学農学部と連携して、アワやヒエの水溶性抽出物および脂溶性抽出物の機能性の解明を進めたところ、脂溶性成分にはルテイン・ゼアキサンチンとともに、ビタミンEの一種であるγートコフェロールが豊富に含まれることも明らかとなりました。同じイネ科の穀物である米はα-トコフェロールを含有し、キサントフィルを含みません。米と雑穀では、機能性成分の組成が全く異なることが明らかとなりつつあります。
新型コロナウイルスの感染を抑制する機能を有する「甘茶」
毎年4月8日には、お釈迦様の誕生日を祝う「花まつり(灌仏会)」が開かれます。花まつりでは、甘いお茶「甘茶」を淹れて飲み、仏像に甘茶をかける習慣があります。日本各地で栽培され生薬としても利用される甘茶はアジサイの変種で、子甘茶、大甘茶、アマギ甘茶など、いくつかの系統や種が知られています。岩手県九戸地域は甘茶の産地として知られており、東日本大震災前は全国でも有数の大産地でした。震災後、原発事故の風評から取引が減少し、近年は生産者の高齢化によって作付け面積の著しく減っている状況にあります。
2019年年末に発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、この甘茶産地にも影響を及ぼしました。我々は、岩手県の様々な農林水産物からエキスを抽出し、ライブラリーとして管理運用しています。新型コロナウイルスの感染を抑制する素材を、抽出物ライブラリーをから探索しました。その結果、甘茶エキスに強い感染阻害活性を見出しました。甘茶に多く含まれるジヒドロイソクマリン類(hydrangenol, phyllodulcin)が、ウイルスのスパイクタンパク質が、ヒト細胞上の受容体ACE2タンパク質に結合するのを阻害することが明らかとなり、培養細胞へのウイルス感染を阻害することを確認しました。甘茶は、1Lのお湯に2~3 gの茶葉で淹れたお茶を飲むことが、厚労省HPなどで推奨されていますが、飲料用に調整した甘茶に、培養細胞へのウイルス感染抑制効果があることも確認しています。
新聞等で報道された甘茶のウイルス抑制効果は甘茶の売り上げにも影響を及ぼし、2023年度の甘茶生産者からの茶葉買取価格を上げることにつながりました。今後、甘茶の生産が増加し、震災前の賑わいを取り戻せることを期待しています。